Framist / Mar.2026

昔むかし…いえ、ついこないだのことです。
いなかの森のかたすみに、ひとりの額縁職人がいました。

「この作品にはもうちょっと、ほんの少しだけ明るい木を…」
「あと1ミリ削れたら、すてきなかたちになるんじゃないか…」

かれは、ひとつの額に時間をかけてしまう自分に悩んでいました。
そんな仕事を続けていたら、だんだん心が重くなってきました。

ふと休憩中に、額縁について調べてみると、
そこには〈フレーム・わく〉と書かれていました。

「ん? ちょっと待てよ。
 額って、“わく”とどう違うんだろう。
 そもそも、“わく”ってなんだっけ?」

そんなふしぎな疑問が、心の中にわいてきました。

それから、かれは気がつきました。
絵のまわりにある額縁だけが “わく” ではないということに。

写真を撮るときにカメラでのぞく四角い景色も、
家の窓も、ドアも、棚のかたちも、ぜんぶ “わく”。

絵だって、ほら、白い壁に掛ければ、
こんどは白い壁が “わく” になるんじゃないか。

「世界には、いろいろな “わく” がかくれている」
 そう思うと、なんだか心がわくわくしてきました。

そこで、かれは自分のことをこう呼んでみることにしました。
「フレミスト」(フレーム〈わく〉+イスト〈〜する人〉)

アートをする人はアーティスト、
ピアノを弾く人はピアニスト。
それなら、“わく” をあつかう人は
「フレミスト」でいいはずです。

フレミストは、もちろん額縁を作りますが、
それだけではありません。
世界のあちこちにある “わく” を見つけたり、
新しい考え方を探したりします。

写真も撮るし、家具を作るかもしれない。
絵だって描くかもしれません。

これまで別々のジャンルだと思っていたものたちが、
“わく”というキーワードで、すべてひとつにつながった。
ずっと探していた道しるべを、
ようやく見つけたような気持になりました。

その夜、“わく” と写真がつながっていることに
気づいたフレミストは、これまで撮りためた写真を
あらためて見直しました。

すると、昔、外国を旅していたときの景色がたくさん出てきました。
その旅では、出会ったばかりの人たちが助けてくれて、
おいしい食事に誘ってくれたり、一晩泊めてくれたりもしました。

みんな、初めて会ったフレミストを、
まるでずっと前からの友人のように迎えてくれました。

「なんで、みんな 見ず知らずのぼくに 優しくしてくれたんだろう」

そう考えたとき、フレミストはひとつの答えを見つけました。
「人と人のまわりにも、きっと “わく” があるんだ」

それは、木でできた額縁のように目に見えるものではありません。
四角いかたちをしているわけでもありません。

人と人をゆるやかに包むような、
目には見えないけれど、たしかにそこにある “わく”。

それは、おたがいの持っている空気が
まざりあってできるものかもしれません。

「ならばフレミストは、かたちのあるものだけじゃなくて、
目に見えないものも、ちゃんと大切にしなくちゃいけない」
と、思いました。

世界には、まだ気づかれていない いろんなかたちの
“わく” がたくさんあるはずです。

自分のことをフレミストと名乗ってから、
世界の見え方が少し変わりました。
ほんとうに、身のまわりのいたるところに
“わく” があることに気がついたのです。

そうしてまた額縁を作ろうとすると、
今までよりずっと身軽に、アイデアが浮かんできました。
もう、くたびれてなんていません。

「フレミストの額縁は、時間をかけてじっくり向き合っていい。
 身のまわりの“わく”とは、ちょっとちがう特別なものなんだ」
と、また新たな気持ちで、木を削りはじめたのでした。

               
                   ぱったん